それはわたしには救いであって
友人と、長い話をしました。彼女が、いままでどんなことを感じてきて、これからどうしようとしているか、そんな話を。

家族の話になり、彼女のくるしみと、それでもいろんな問題に立ち向かっている姿を見て、どうしてこんなにもちがうのだろうかと。わたしはずっと、痛みをわすれることを解決策として選択してきて、それが一度明確に破綻したのだけれど、代わりの答えを出せずにまたクローゼットの奥深くにしまいなおしていたのです。それがなんの解決にもならないと知りながら。ただ日常をスムーズにやり過ごすためだけに。
本当の奥底の本音を話そうとすると今でもなぜか泣きそうになるくらいに、こころに刺さったままのものがあるというのは紛れもない事実なのだと、思い出します。わたしはいつだってくるしみをわすれることで解決しようとするから、どうしてうまく動けないのか、わからなくなってしまう。不安の種がなんなのか、くらやみにまぎれてしまう。
彼女の話を聞いて、そして久しぶりにひとりでぐるぐると思考の海にはまりながら、いろんなことを思い出したのです。蓋をしていたことや、自分をどうにか納得させようとしていたことや、まだ泣いてしまうということ、そしてその理由を。大丈夫を1000回繰り返したって、なにも変わらないのです。どうしたら痛みを乗り越えられるのかと途方に暮れながらも、向き合わないでいれば解決などしないのは当たり前のこと。しかし向き合っていない事実すら「見なくなる」、そんなやり方だからずっと深い穴にはまったままだったのかもしれません。
わたしは、彼女のようにだれかを変えたりなどできないけれど、少なくとも自分のためにいろんなものと向き合っていきたい。そして、そう思わせてくれた彼女に、大事なことを話してくれた彼女に感謝をささげたいのです。
# by utainemuru | 2010-01-30 00:52 | 日常・ひとりごと | Comments(0)
あたたかな笑い声と
しあわせな夢を見た。

目覚めたら完璧に寝坊の時刻だったけれど、そういうときとはおもえないほどにとても目覚めはよくて、家を出る時間にかけた目覚ましの、3度目のスヌーズでようやく起きるなんてよっぽどだと思いながら急いで支度をする。

屋上からわたしのすきなひとがわたしの名前を呼ぶ。顔を向けるとずっと会っていなかったひとたちが、その好きなひとと一緒に立ってこちらを向いている。わたしは笑顔で返事をかえす。大きく手を振る。ひさしぶりと言う。そこはふしぎな場所で、まるで背の低い校舎のように地上から屋上がよく見えた。眼鏡をかけずに顔が判別できるはずもないのに、くっきりとその人たちが見えている。
わたしの名を呼んだひとは、わたしを親しげに呼ぶ契機など現実にはないひとだ。だから、すべては夢で、どこか心の奥底で望んだ夢なのだろう。
# by utainemuru | 2010-01-28 00:16 | 日常・ひとりごと | Comments(0)
どうか寛容さをわたしに
にぎやかなおしゃべりに本当にぐったりさせられてしまう程度に、体力が落ちています。どうしてそんなにかまびすしくしていられるのだろう、と頭がくらくらしてしまって、世界を拒絶したくなります。
小さなキャパがいろんなできごとであふれて(と言っても大枠は4つくらいなのですが)、ただでさえやさしくない自分が、今はいっそうやさしくなく醜いのです。
だれかに言ってしまいたい。今はただただもう疲れ果てたと。弱音を吐いて愚か者になってしまいたい。

けれどそんなよごれたものを大切な人たちに浴びせたいわけはありません。だから、たぶん私よりもたいへんであろう人たちへねぎらいのことばを贈って、静かに一日を終えようと思います。
そしてどうか、明日はもうすこしこころおだやかになれますように。

# by utainemuru | 2010-01-25 23:47 | Comments(0)
初詣の願い事
松の内もすぎましたが、まだ、どこにも初詣に行っていません。もともと混むのは好まないため、いつも三が日を過ぎてから有名どころを避けてお参りをしています。今年は年始の休日がきっちり三が日だけだったのもあり、まだ機会を持っていません。そろそろ週末にでもどこかお参りしようかとおもい、気も早くなにを願おうかなぁと考えたところ、まっさきに「健康」という文字が思い浮かびました。もちろん、わたしの場合は神様に祈る・願う前に自己コントロールをしばらく試みてからなのですが、せっかくお参りという行為を取るのだから、願っておこうかなという気持ちになります。
「健康がすべてではないけれど、健康でなければすべてがないのよ」という趣旨の台詞を思い出します。病を持っているからといって必ずこの言葉が当てはまるとは限りませんが、ある人にとっては紛れもない真実なのではないのか、と。ふと「家内安全」「無病息災」というのはひどく現実的な願いだという気がします。家族に何事もなく無事に過ごせますように。病を得ることがありませんように。災厄がふりかかりませんように。自分ではコントロールのできない「なにか」を、どうぞ取り除いてください。そういう、切なる願いに思えてならないのです。

# by utainemuru | 2010-01-08 00:05 | Comments(0)
ひとときと紅茶と
ひさしぶりに仕事のある規則的(であり、不規則)な生活に戻ったせいで頭痛がしているのだとばかり思っていたのだが、仕事始めから遊ぼうと計画する元気な上司のおかげで早々に仕事を終えて街に出てもちっとも頭痛がおさまらないので、その後の宴会は辞した。
普段よりずっと早い時間に最寄りの駅に着ける、という副産物を得て、いつもの時刻ならとうに閉まって甘い香りのみを撒き散らしているお菓子屋に寄り、閉店間際の本屋で目当ての本を手に入れ、最低限いくつか必要な食材を物色し(これだけは普段の時間でも可能、さいわいなことに)、今度友人と行く予定の美術展のチケットを購入して帰路に着く。
ブラウニーに紅茶、そしてすきな本。平日の夜にそんなひとときを持てるのは貴重であり幸せなことだ。家に着いてのんびりとした時間を過ごしていると、ようやく頭痛も治まってきたようらしい。やれやれ、明日はまともに働けるだろう。本はあと少しだけ残した読みかけで終えてしまった。やはり少し脳が疲れて回っていないらしい。わかってはいるが考えすぎるのは毒だ。
思考にならない言葉がぱらぱらと横切っていく。きらいではない、そういう瞬間。

宴会に顔を出せなかったのは少々残念だがよかったと思った。下戸だが飲み会の雰囲気はきらいではない。そういうときにしか聞けない話を聞くのがすきだ。くだらない話でも、真面目な話でも。ふとしたところに見える本音がすきだ。
けれど最近は煙草という厄介者と本気で戦わねばならない。それが苦痛だ。呼吸が狂う前にいちいち席を外して息を整えるのは面倒だし、そうしていれば大丈夫というわけでもない。だれもが気をゆるませる場で余計な不安がつきまとうのはうっとうしい。だれか煙が外に出ない煙草を発明してくれないだろうか。そうすればいくらでも、他愛もない話を気兼ねなく傾聴できるというのに。

# by utainemuru | 2010-01-05 22:12 | Comments(0)
あたらしい機械のわくわく
さんざん友人をつれまわして購入した機械がわが家にやってきました。RCD-M37+SC-M37のミニコンポ(byDENON)くん。 はじめてコンポを購入したのですが、スピーカーと本体をつなぐ線がプスっとさせる端子ではなく、こう…むきだしの線を直接刺して端子をぐるぐる回して締めるようなタイプ(うまく説明できませぬ)であることに戸惑ったり、その接続する端子が、弱い握力のせいかどうやってもゆるめられなかったりで焦りました。が、どうにか接続完了(端子はなぜか利き手と逆の手を使ったら回りました。なぜ。)。ついでに朝のめざましがわりに自動ON/OFFする設定も完了。自動ONは以前のラジカセにもありましたが、OFFも設定できるのが個人的には気に入りました。お、CDの曲順設定も意外とかんたんにできるらしい。電源切るとリセットされるのがなんですけどね。機械は苦手ですが取説読むのはすきなので日本語の解説ならどうにかなりますということが証明できたようです。
で、肝心の音質ですが。

なんせ今まで貧弱なCD/MDラジカセで聴いていたので、あまりの差に驚き。楽器の音が…特にチェンバロがくっきり聴こえる!というか今までほとんど聴こえていなかったことに気づきました。こ、こんなに差が…それまで聴いていたのはなんだったのか。CDを作っている方々に申し訳なくなるくらいです。
そんなこんなで、あたらしい機械で英国から無事に届いていたBCJのカンタータBOXを聴いています。
あ、いつのまにか1Boxあたり$45.99になっていますね。私が買ったときよりも$1.20×4(box分)下がったのか…為替変動差益内のレベルと言えばそれまでですが。
# by utainemuru | 2009-12-30 12:55 | 日常・ひとりごと | Comments(0)
年の瀬に活字切れ

今年もあとわずかですね。みなさん、いかがおすごしですか。
わたしは周囲にならい、有休を使ってカレンダーよりは早めの年末休みを迎えました。せっかく時間があるので、本を読みたいとおもって図書館行きを計画しかけましたが、そうです図書館もおやすみですね…。そろそろ活字切れの中毒症状が出そうなのですが。仕方なく、今とりくんでいる曲の対訳を読んだり、本棚をあさって文章を探したり、…しているのですがいかんせん本は図書館で借りて読むタイプ、家に置きたくない(たまるから)タイプなのでなかなかちょうどよいものが見つかりません。どうしたものか。
いや、とっとと暮れの大掃除をせよということかもしれませんが…ね?
# by utainemuru | 2009-12-29 17:30 | 日常・ひとりごと | Comments(0)
その言葉はけっしてあたりまえではなく
クリスマスコンサートは、無事に終幕を迎えました。会場は150席くらい、ちいさいけれどとてもよく響くホールで、その響きと、お客さまのあたたかさ、そしてもちろん団員のみんなに支えられて、乗ることのできた舞台でした。

実はここひとつきほど、のどの調子が思うようになっていない状態のまま迎えた本番です。服用している薬の副作用が11月になって無視できなくなり、のどが半分ほど枯れています。普段の話し声ではわからないようなのですが、歌となると肝心の高いおとがとおらない、一番楽でたのしい音域が塞がって出ない、そんなコンディションが続いています。副作用がでないよう、注意されたことは念入りに行っていたのですが、薬との相性なのでしょう。当然、本番は怖くてしかたありませんでした。けれどひさしぶりによく響くホールで、すこしどうにかなるかもしれない、とおもいながら舞台に立って、後半はかなり緊張したけれど、今までで一番いい瞬間もたしかにあった、そんな本番でした。たぶん来れないと仰っていた方が予定を調整してきてくださったり、演奏会を聴きなれているような方が「いいコンサートだった」とお世辞ではなく満足された様子で言ってくださったり、やはり本番を持てるというのは幸せなことだなぁと改めて感じます。舞台はいろんなひとの想いで成り立っていると、毎回実感させてもらっているような気がするのです。

歌えるということはあたりまえではないと以前からおもってはいたけれど、実際に声が出ないという状況になってみると、所詮趣味で歌っているだけなのに、不安と焦燥というのは抑えられないものです。そして今も、思うように歌えないことがときおり影を落としていきます。なぜ、と悔しくおもうこともあります。けれど、確かに音楽はここにあり、それをかたちにする機会も、持てています。それだけでもほんとうに幸運なことです。だからこそ、ただ悩むのではなくて、今の状況でどうすれば最善を尽くせるのか、それを考えて、実践していきたいと思うのです。
# by utainemuru | 2009-12-28 00:29 | 日常・ひとりごと | Comments(0)
音を聴く機械の威力
長らく使っていたCDラジカセ(KENWOODのMDX-J3)が、酷使していたためか調子がわるくなってしまいました。なんとCDの1~5曲目あたりまでが異常に音飛びする事態に…。MDとカセットは生きているし、CDもトラック後半の曲は聴けるし、デザインも全体がシルバーでポイントにブルーを使った雰囲気がすきだし、とおもってはみたものの、やはり聴けない曲があるというのは痛く、買い替えを決意。

さて、ここから先は少々マニアック?なので、音を聴く機械に興味のない方は最後の7行のみ読んでいただければよろしいかとおもいます。

==============
当時は安さと見た目しか考えていなかったけれど、新調するなら音がよいものを探してみようとおもい、詳しそうな知り合いにヒアリング。とりあえずONKYO(音響)とDENON(電音)が老舗で音の評判はいいらしい。渋い名前…昔っぽい企業名ですね。かつ、クラシック聴きならDENON、と複数人にオススメされ、DENONDENONと頭にメモしながら家電屋さんへ。
うろうろしながら、複数台を聞き比べ。ONKYOも視野に入れたけれど、音の好みはDENONだったのでメーカーは一旦決定。問題はどの機種を買うか。店舗に置いてあるCDを借りて視聴するけれどいまいちピンと来ない。高音が綺麗じゃない気がするけれど、CDそのもののせいなのか機械のせいなのかがわからない。日を改めてよく聴くCDを持参することにする。
フジコヘミングのピアノ曲で再視聴。23,000円くらいのD-MX11(ミニコンポセット)、これが持参したCDで聴いたら…2万円とは思えないほどにいい音!やはり前回の違和感はCDのせいだったらしい。値段もCDラジカセを購入したときと変わらないくらいで、予算内だし、うん、これかな、でも場所取るなぁ、と悩む。
そしてなぜかついつい、DENONの45,000円くらいのRCD-M37(本体)+SC-M37(スピーカ)のセットを聴く。わぁ、奥行きが違う…!艶のある音にどきどきする。これが2万円の差なのか…いやでも、2万円も相当いい音だよ。やっぱりあっちでしょう、4万円超じゃかなり予算オーバーなのだから、とさらに迷う。
決めきれず、他のメーカーのあたりもうろうろしてさんざん視聴する。Victorはコンパクトでかわいいわりに結構音もいいかなぁと一瞬こころが揺らいだが、聴き比べてしまうと、Victorの4万円台のセットよりもDENONの2万円台の方が音が好みだったので、やっぱりDENONか…と。で、結局どっちにする?
考えすぎて混乱してきたので、ちょっと頭を冷やしにカフェへ。毎日2時間は音楽をかけているにしてもなにかしながらがほとんどで、いつもじっくり聴けるわけではないのだし、2万円ので十分じゃないか。今まで貧弱なCDラジカセだったんだし。考えればあっさりと結論は出て、再度家電量販店へ。
最後の確認、と2万円のを再視聴。うん、コレに決め、とおもったところ、店員さん(しかもメーカーのひと)につかまる。おっとっと、と思うと案の定、4万円台の方も紹介される。ダメなの、わかってるの、そっちはダメ…!とおもいながら聴いてしまう。陥落。冷やした頭には、音の艶と奥行き、この差がよりくっきりと感じられてしまった。
45,000円になっていますが43,600円でと言われ、さらに2万円のより若干こっちの方がコンパクトという情報をもらう。見た感じではまったくわからない程度だが、こっちの方が小さいのか…惹かれる。すこしでも小さいほうがいい。ああでも。でもだめよ。そんな金銭的余裕ないでしょう。さんざん迷っていると、スピーカーの下におくインシュレーター(XC-1011)をおまけしてくれた。スピーカーを直接置くときに比べ、振動が変わって音がよくなるらしい。3000円相当というのが本当なのかよくわからないが、買うつもりがなかったものをおまけしてくれるのは嬉しい。
しかしそれでもなお決めきれず、さんざん連れ回していた友人(ごめんなさい)に音を聴いてもらう。当初は2万円で十分だーとっとと決めてしまえと言っていた友人が、あーこれだけ違うんならいいんじゃない、と背中を押してくれ、購入を決意。
わーーい!とうとうわたしの部屋にまともなCD再生機がやってくる!

ちなみにインシュレーターは、あとでネットで調べると販促用の非売品のため値段は不明でした。でもまぁ、見た目が金色でスピーカーの木目と合っていて綺麗なのでよしとする。もらったインシュレーターは6個入り(たしか真鍮製?)だったが、売っているのは8個入りばかり。ちなみにDENONの一番安いのは、8個入りで3,980円。これと同等のものなら、3000円相当というのもあながちうそではない。素材も形状も違うので、安易に同等とは言えないだろうけれど。しかし売っているやつはDENONとロゴが大きくプリントされているのが、主張強すぎない?と感じてしまうのはわたしだけだろうか。やっぱり金色でよかった。最終的には見た目重視なのかもしれない。
しかし6個なのはなぜ?調べると、3点置きと4点置きというのがあるらしい。3点のときは置き方は前に2個、後ろ中心に1個と店員さんに教わったが、前後を逆にするひともいるらしい…なんなんだ。よくわからないが好みの問題なのか。ちなみに、インシュレーターを自作するひともいるらしい…ええ?売ってるのじゃだめなのか。自作PCみたいなものだろうか(違う気もする)。なんだか深みにはまりそうだ。
あ、ちなみに本体の値段は価格コムで見たほうが安いです。購入検討している方はそちらを覗いたほうがよろしいかと。先ほどみたところ、¥26,965+¥10,299+長期保障(5年)¥2,000=¥39,264。うむ。約4000円安い。インシュレーター分を足せばまぁだいたいトントンかな…という納得の仕方をしてみましたがどうでしょう。

==============
ま、結論は、
・機械の音は実際に聴くにかぎります!
・無事に新しいミニコンポ買えてよかった!
というのと、
・オーディオの世界はなんだか深そうだ…きっと調べだすときりがないので、わたしは適当にしておきます。
あたりで。
# by utainemuru | 2009-12-27 00:47 | 日常・ひとりごと | Comments(0)
いつもこの手にあるわけではないの
最近、ことばを口にしていない。必要な言葉しか、口にしていない。あたしのことばを、口にしていない。
書きたいことはいろいろとあるようでいて、指をうごかすだけの熱量が足りていないとおもいます。鍵盤の上を滑らせるだけの力が。いつだって、たよりない指でも十分だった行為が。
驚くほどに文章が浮かばない、それは人と話す時間にも比例するのかもしれないません。必要なことしか話をしていない。言い換えれば、仕事相手と仕事の話しか、していない。それではやはりだめなのです。
あたりまえに、自分の思いをかんたんにまとめて話していたのがなぜか遠い昔のことのよう。ずっと以前から考えて思っていることは口にできるけれど、近頃あたらしく思ったことは、ちっとも話せないのです。むしろ、感じること自体がよわくなっているのかもしれない。ああ、なんということ。
本を読む回数も減れば、新聞も取らず、活字すら頭に入れる機会が減っていることにも気づきます。このままでは、語彙がますます乏しくなってしまう。おぼえたことばすらわすれてしまう。文章を組み立てられなくなってしまう。それでは、いとしい音楽も輝いてはくれないし、わたしもわたしではなくなってしまうのだとおもうのです。
# by utainemuru | 2009-12-25 23:22 | 日常・ひとりごと | Comments(0)
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